違う生き物。

彼女は僕の顔を見て、「酷い顔をしてる」、と言った。
話す気分じゃないんだ、と僕は言った。「決して君が悪いわけじゃなくて、でも、話す気分じゃない」
彼女は眉をひそめた。「なにがどうあって、そんな顔をしてるのかは知らないけど、あなたが今酷い顔をしてるのは事実よ。私があなたを心配しているんじゃなくて、あなたが私を心配させているの。勘違いしないで」
彼女の声色は冷たかった。
僕はため息を吐いた。沈黙でやりすごせない。何かを話すしかない空気だった。
「これは行動じゃない。自分じゃどうにも出来ない。象は歩けば虫が潰れるし、木は育てば陰が出来る。それは全部仕方ないことで、僕のはそういった類のものと同じなんだ。象は歩かずにはごはんを食べることができないし、木も背が高くなきゃ日光を浴びられない。同じことで、僕も悲しい顔でもしてなきゃまともに生きていけない。それは全部仕方のないことなんだ。生き物としての生態」
生態、と彼女は口に出した。
「それは、私達の相性は最悪ってこと? つまり、生まれついての、生き物としての相性」
「そうかもしれない。巧く言えないけど、僕と君は戦場で殺し合おうがバーで語り合おうが結局は同じことで、ただ相性が悪いということだけが残る。そこには友情や愛情の一片もないし、ロマンもポエムもない。性格とかじゃなくて、生態上の相性。生まれついての」
彼女は僕の話の合間にタバコをくわえた。僕は吸わないから銘柄はわからない。わかるのは、僕は吸わなくて、彼女は吸うということ。やっぱり相性が悪い。
映画じゃないんだ、と僕は言った。
映画じゃないんだ、と彼女は繰り返した。「そうね。映画の中で出逢ったなら、もっと2人にはマシな配役があったかもしれない。例えば、王女と羊飼い」
僕を羊飼いにする辺り、やはり僕にとって彼女は嫌な女だし、僕を羊飼いにするということは、彼女も僕をその程度に見ているということなのだろう。
実際のところ、彼女は僕に良くしてくれる。頼めば昨日僕がサボった授業のノートも見せてくれるかもしれない。しかしそれは決して彼女の行動ではない。生態。彼女が僕に優しいのは、彼女にはどうしようもないことなのだ。彼女は悪くない。彼女は悪くないのだ、と僕はベッドの中で繰り返す。